音楽はお好き?「曲のプレゼントって……」
大人向きに出版された楽譜を見ると、題名の下に小さいアルファベットで、何か書かれていることがあります。たいがいの場合、それは人の名前で、作曲家が曲をささげた相手の名前です。いわばプレゼントで、「献呈」と言います。古くは王様や貴族、時代が下がると自分の先生だったり、演奏家だったりします。
練習のために作る「習作」をのぞいて、一般に作曲家は無料で曲を書いたり、わたしたりはしません。そこには何らかの計算が働いていると考えられます。
バッハ一族の中でもひときわ優れていることから、「大バッハ」と言われるバッハの「音楽の捧げ物」は、フリードリヒ大王があたえた主題をもとに、家に帰ってから書き上げ、大王におくったものです。これは明らかにその宮殿に勤めたい(あるいは自分の子どもを勤めさせたい)という売りこみが感じられます。
ベートーベンの「ワルトシュタイン・ソナタ」や「大公トリオ」は、それぞれ自分を援助してくれるワルトシュタイン伯爵(生徒でもあった)とルドルフ大公に「これからもよろしく」という意味をこめてささげた曲です。
ただ、ベートーベンの「エリーゼのために」は、女性の名前ということはわかっていますが、その人との関係は不明です。曲をめぐっては、いい加減な推測がたくさん残っています。
ベートーベンやモーツァルトは、先生に当たるハイドンに曲をささげていますが、感謝の気持ちに加えて、「仕事や生徒を回してください」という願いも、言外にこめられているのでしょう。
ショパンやリストのピアノ曲に何人もの貴婦人の名前が見られるのも、弾いてほしいと思う以上に、彼女たちが開くサロン(小部屋)での演奏会に、また呼んでください、という意思表示なのです。
もちろん、純粋にその人に感謝したり、お祝いの意味で曲をささげたりする場合もあります。エルガーが妻にささげた「愛のあいさつ」や、多くの作曲者が友人のために書いた(時には詞も)輪唱曲(カノン)などはそうでしょう。
ところで、あなたは誕生日のプレゼントが曲だったら、どう思いますか? お礼はちゃんと言いましょうね。
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青島広志(あおしま・ひろし)。1955年、東京生まれ。東京芸術大学、同大学院修士課程を首席で卒業、修了。「火の鳥」「11ぴきのネコ」などこれまでに200曲あまりを作曲。著書に『クラシックの時間ですよ!』など。東京芸術大学講師、洗足学園音楽大学客員教授。テレビ出演多数。イラストも筆者
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