文学って、おもしろい「三島由紀夫」
スマートフォンがない時代の恋。恋人同士はどんな方法で連絡を取り合い、どんな形のデートをしていたのでしょうか?
大昔の話ではありません。昭和20年代の終わり(1950年代のはじめ)、日本が第2次世界大戦の戦禍で荒廃した国土を立て直し、まさに高度経済成長期を迎えようとしていたころのことです。
三島由紀夫は経済優先・物質主義の風潮のなか、あえて神話的な恋物語『潮騒』を発表しました。
舞台は、伊勢湾の入り口に位置する歌島(三重県鳥羽市にある神島がモデル)。島内にはパチンコ屋も喫茶店もなく、島の人たちは漁業で暮らしています。主人公は背丈が高く、澄んだ目をした少年の新治と、目元が涼しく健康的な美少女の初江。新治は漁師、初江は海女。二人とも海に生きる純朴な若者です。額は汗ばみ、頰は燃えています。
口約束したデートの場所は、旧陸軍の軍事施設だった「観的哨」という廃虚です。休漁となった嵐の日の待ち合わせ。雨でずぶぬれの初江は、待ちくたびれて居眠りをしている新治のそばで、下着を火にかざします。目を覚ました新治は、炎の前で下帯のひもを解きました。
「その火を飛び越して来い。その火を飛び越して来たら」(『潮騒』から)
新治はためらうことなく火を飛び越します。二人は裸で抱き合いますが、「嫁入り前の娘がそんなことをしたらいかん」という初江の意思を尊重した新治は、それ以上の無理強いをしませんでした。
NHK連続テレビ小説『あまちゃん』(2013年)のなかで歌われた「潮騒のメモリー」の歌詞は、作詞をした宮藤官九郎が三島に捧げたオマージュ(敬意)のように思われます。
さて、愛を確かめた新治と初江ですが、初江の父は二人の仲を認めません。会えなくなった恋人同士は、手紙で連絡を取ります。けなげな初江は、鉛筆のつたない字で思いをつづるのです。
その後も困難が待ち受けますが、新治と初江は海神(海の神)の恩寵もあって試練に打ち勝ちます。
三島は、45年間の生涯に膨大な作品を著しました。同性愛を分析した『仮面の告白』や『禁色』。愛が殺意に変わる『愛の渇き』。国宝「金閣寺」に放火する青年僧の心理を追求した『金閣寺』。人妻の不倫に焦点を当てた『美徳のよろめき』。少年の心の闇を掘り下げた『午後の曳航』。禁じられた恋を華麗に描いた『春の雪』……。これらの作品で、人間の深部や暗部を容赦なく、えぐりました。
しかし、『潮騒』では、青春小説の王道をゆき、純愛をうたい上げます。『潮騒』の後日談ではないものの、幸福であるべき恋人同士の不安を描いた『永すぎた春』という作品まで、三島は用意しました。
・生没年
1925~70年
・出生地
いまの東京都新宿区
・本名
平岡公威
・代表作
『花ざかりの森』(41年)、『仮面の告白』(49年)、『潮騒』(54年)、『金閣寺』(56年)、『永すぎた春』(56年)、『美しい星』(62年)、『豊饒の海(春の雪・奔馬・暁の寺・天人五衰』(69~71年)など
三島由紀夫は、オカルト(神秘的現象)や超常現象に関心を寄せました。降霊術などを体験したほか、当時は「空飛ぶ円盤」と呼ばれたUFO(未確認飛行物体)の観測にも時間を割きました。
幽霊や妖怪を、あやしく美しく描いた泉鏡花の作品を高く評価し、三島自身も亡霊や生霊が登場する戯曲集『近代能楽集』(56年)、死者の魂を呼びもどそうとする短編小説『英霊の聲』(66年)などを著しました。「日本空飛ぶ円盤研究会」が発足すると、三島はSF作家の星新一らとともに会員になりました。
夜空を観測した成果が、長編小説『美しい星』です。この作品には、自分たちは「宇宙人」であると確信した一家が、核の時代に人類を救済しようとする姿が描かれています。
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岡山典弘 愛媛県松山市生まれ。松山大学および自治大学校卒。愛媛県庁勤務を経て、現在は松山大学非常勤講師(日本文学)、文芸評論家、三島由紀夫研究家、エッセイスト、作家。
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