国によって発音がちがうから
音楽の本や記事を読んでいると、1人の作曲家の名前が、ちがって書かれていることに気付きます。チェコ人のドボルザークが「ドボルジャック」や「ドボルシャック」になったり、フランス人のミヨーが「ミロー」と書かれていたりします。古くはべートーベンも「ベートーフェン」、モーツァルトを「モザールト」などと書いてある本もありました。
これは、国によってその字の発音がちがうために起こることなのです。そして最近では、できるだけその人の国での呼び方に近づける方法が、とられるようになりました。
たとえばフランス語の場合、これまではのばしていたのを、止める傾向があります。19世紀後半に「タイス」(間奏曲に当たるめい想曲が有名)というオペラを書いたマスネーは「マスネ」、「ミニヨン」(「君よ知るや南の国」というアリア〈独唱曲〉がある)を書いたトーマは「トマ」、6人組の推進者だったプーランクは「プランク」と書かれるようになりつつあります。すると、先のミヨーも「ミヨ」となるはずですが、まだ見ません。
ドイツ人のゲオルク・フリードリヒ・ヘンデルは、イギリスの国籍を取得したために「ジョージ・フレデリック・ハンデル」と読むのが正しいという説があります。
「乙女の祈り」を書いたポーランド人女性のバダルゼフスカは「バダゼフスカ」、それに「ボンダゼフスカ」と呼ばれるようになってきました。夏目漱石はこれをちゃかして、ショパンを「チョピン」、中原中也はシューベルトを「シューバート」と言っていたことから、「シュバちゃん」と詩の中に記しています。
日本人にもこうした例はあり、指揮者でもあった山田一雄は山田和男、山田夏精と名を変え、平井康三郎も平井保喜が初めの名前です。山田耕筰も元は「耕作」だったのを、髪の毛がなくなった代わりに「(たけかんむり)」(タケカンムリ)を付けたのでした(ケが二つ)。
私の名前もフランスでは「アオシマ・イロシ」と呼ばれます。「H」の発音ができないらしいのです。今のところは、いろいろな読み方があると知っているくらいでいいでしょうね。
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青島広志(あおしま・ひろし)。1955年、東京生まれ。東京芸術大学、同大学院修士課程を首席で卒業、修了。「火の鳥」「11ぴきのネコ」などこれまでに200曲あまりを作曲。著書に『クラシックの時間ですよ!』など。東京芸術大学講師、洗足学園音楽大学客員教授。テレビ出演多数。イラストも筆者
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