虐待を経験した19歳女性が語る
体罰なくす意識、広がってほしい
千葉県野田市で小学4年の女の子が虐待死した事件などを受け、児童虐待を防ぐ法律が改正されました。
そのさなかも札幌市で2歳の女の子が衰弱死するなど、子どもが犠牲になる事件は後を絶ちません。
母親から虐待を受けた経験のある19歳の女性に、虐待をなくすために必要なことを聞きました。(畑山敦子)
改正児童虐待防止法などが成立
6月19日、児童虐待防止策の強化を含む改正児童虐待防止法などが参議院で可決、成立しました。
このニュースに、首都圏の看護専門学校に通う杉本明日美さん(19)は「社会がやっと虐待に関心をもってくれた」と安堵のような気持ちを感じました。
法改正では、親権者から子への体罰が初めて法律で禁止されることになりました。
「法律ができただけでなく、体罰をなくすという意識が多くの人に広がっていかないと、体罰をする親はなくならないと思います」
虐待を受けた子や親への偏見を感じることもあるとしながら、杉本さんは取材を受けてくれました。
「今も一人でいる時、暴力の記憶がよみがえることがあります。関心が高まった今、当事者が話すことで素通りできない問題だと感じてもらいたい。今つらい思いをしている子には、何とか生きていてほしいです」
母の暴力、ふつうだと思っていた
杉本さんは広島県で生まれました。父から母へのドメスティックバイオレンス(DV)が原因で、両親は1歳の頃に離婚。8歳上の姉と母と3人で暮らしていました。
母は夜、飲食店で働き、日中は寝て過ごす生活で、酒に酔って帰ると姉をなぐりました。
姉は母方の祖父母が引き取りましたが、杉本さんは母のもとに残りました。
杉本さんは保育園にも預けられず「夜は母の帰りを待ち、昼間は母を起こさないように息をひそめました」。
次第に暴力が杉本さんに向きました。殴られたり、時計など物を投げつけられたり、言うことを聞かないからとベランダに締め出されたりしたこともありました。食事はコンビニ弁当やパンなどでした。
「こわかったけれど、これがふつうなんだと思っていました。母は優しい時もあって、怒られないように必死でした」
小学生になると「学校に行くなら家事をしろ」と言われ、学校に行けない日も多くありました。
先生たちが心配し、児童相談所に一時保護されたことも数回ありましたが、家に帰ると、また母の暴力が続きました。
小3、裸足で逃げた
「もう無理」。小学3年だったある夜、母になぐられて命の危険を感じた杉本さんは、家を抜け出し、裸足で外にいたところを警察に保護されました。
その後、児童養護施設で過ごし、姉同様に祖父母に引き取られ、養子縁組手続きをしました。「やっと安定した生活になった」と振り返ります。
その後、祖父は亡くなり、被爆者だった祖母は杉本さんが中学3年の時、白血病を発病して入院生活を送ることになりました。
姉は自立していたため、杉本さんは福岡の親戚に引き取られて高校に通い始めました。
しかし、その家庭になじめず、悩んだ末、昨年、高校3年になる時に広島に戻り、一人暮らしを始めました。
その祖母は昨年6月に72歳で亡くなりました。
残してくれたお金やアルバイトなどで何とか学校に通いましたが、進学するための学費で悩んだ時、困難な状況にある子どもを対象にした教育支援グローバル基金の奨学金「ビヨンドトゥモロー」を知り、受けられることになりました。
「同じような思いをしている子を助けたいと、(児童相談所などで働く)児童福祉司になりたかったこともありますが、奨学金のプログラムを通じて、今は看護師として日本や海外で子どもを支える仕事ができればと思っています」
許せないけれど…
母は杉本さんが引き取られた後に事件を起こし、服役しています。
杉本さんと暮らしていた時からアルコール依存症とうつ病を併発し、覚せい剤を使っていたことも後になって知りました。
高校卒業前に面会した時、「もう会えない」と伝えると母は号泣し、今も手紙が届きます。
「なぜ親からこんなことをされなければならなかったか、許せません。けれど、母を嫌いになることはできないと思います」
体罰防ぐための助言・支援できる人材育成を
児相の体制強化も重要
千葉県野田市の事件や、東京都目黒区で5歳の女の子が親からの虐待で亡くなった事件では、親がしつけを理由に虐待していました。
これを受けて、今回、改正された児童虐待防止法では、親権をもつ人がしつけとしての体罰を禁止すると明記されました。
同法や児童相談所(児相)の体制強化を定めた改正児童福祉法は来年4月に施行されます。
今後、民法が定める、親が子どもを戒める「懲戒権」のあり方についても、改正法の施行から2年をめどに検討します。
児相については、虐待が疑われる家庭への立ち入り調査や子どもの一時保護を担当する職員と、虐待をやめるよう保護者の支援をする職員を分けるよう定めました。
保護者との関係が悪くなることを恐れ、一時保護をためらわないためです。
子どもが危機的な状況にある場合、法的根拠をもとにすぐ関われるよう、児相が弁護士による助言や指導を常に受けられる体制や、医師・保健師を配置することも明記しています。
虐待を受けた子が転居する時、転居前の児相が転居後の児相にすみやかに情報を提供することなども盛り込んでいます。
また、子どもの意見を聞いたり、意見を伝えたりできる「子どもの意見表明権」を保障する仕組みについて、施行から2年を目安に検討していくことになりました.
東京都の児相職員の経験があり、虐待の現状にくわしい明星大学の川松亮教授は「親権者による体罰禁止はずっと必要と言われていて、盛り込まれたことは前進です。
これからはさらに、親権のない人による体罰を防ぐことや、体罰によらないしつけはどうすればいいのかを親に伝える対策も考えていかなければいけません」。
児相の体制強化には「職員を増やし、さまざまな状況に対応できるよう育成することが必要」と言います。
全国の児相が対応した2017年度の児童虐待の件数は13万3778件で、27年連続で増えています。
政府は昨年末、児童福祉司を今の3千人から22年度に5千人体制にする緊急対策をまとめました。
法改正でも、一人あたりの相談対応が増えすぎないよう、児童福祉司の数を見直すことが盛り込まれました。
川松さんは「欧米に比べ、日本の児童福祉司は1人が対応する件数が圧倒的に多い状況です。
さらに、児童福祉司の約4割は児相での勤務経験が3年未満です。全体の数を増やすとともに、指導するスーパーバイザーも確保し、育成しなければなりません」と話します。
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