子どもが大人にいじめられる児童虐待のニュースが続いています。書道家の矢野きよ実さんは、児童養護施設で暮らす子に書を書いてもらい、「心の声」を聞く活動を続けています。作品を通して「心のさけびを感じてほしい」とうったえます。(今井尚)
気持ち整理し思い伝える手段
「親は鬼」
「本当は苦しい」
「ここには きたくて きたわけじゃない!」
矢野さんが紹介するのは児童養護施設で暮らす子どもたちが書いた書です。児童養護施設とは、虐待を受けたり保護者がいなかったりして、家庭で過ごすことがむずかしい子たちが過ごす施設です。
「書を書くことは、気持ちを整理し、言葉にならない思いを伝える手段になる」と話す矢野さんは、施設でさまざまな身の上の子に出会いました。「原っぱで捨てられた子や、蛇口からお湯が出ることにすら感動する子もいました」
温かい家庭で学ぶことができなかったために「どうやって生きていったらよいかわからないままの子がいます」。
矢野さんは、書道家としてできることは、「子どもたちの心のさけびを伝えることだ」と考えます。罪を犯した未成年が送られる少年院に招かれたときには、養護施設の子が書いた書を見せて話をしました。すると涙を流して聞いていた子もいました。聞けば養護施設の出身者も多いそうです。
だれかの支えにも
またある学校で書を見せて話をしたときには、感想の手紙に「ぼくは死のうと思っていたけど、やめました」と書いた子もいたそうです。「子どもたちのさけびが、だれかの命を救うこともある」と矢野さんは確信したといいます。
矢野さんは6歳で習字を始め、17歳で書家の大平玲華さんのもとに通いました。ところが18歳の時、お父さんを亡くします。書をやめようと先生に願い出たところ「何でもいいから文字を書きなさい」と言われ、「淋」(さびしい)という字を書きました。その字が展示会に出品され、会場で審査員が「ダメだなこりゃ、さみしすぎる」と審査していました。「私にはほめ言葉に聞こえました。だってその通りだったから。書は気持ちを表すもの。書とはそういうものなんだと知りました」
味方が一人でも増えるように
その後、地元名古屋で子どもから参加できる書のワークショップを始めました。2011年の東日本大震災以降は、被災地からの依頼を受け、書を通した心のケアを続けてきました。
矢野さんは「書きたくなければ書かなくていい」と伝えます。最初から何枚も書く子もいれば、終了ぎりぎりになって書き始める子もいます。その間、大人は口出ししないのがルール。
矢野さんの代表作の一つに「無敵」があります。この言葉は病気をわずらった人など、多くの人に勇気を届けてきました。13年には矢野さん自身にがんが見つかりました。
いま、矢野さんの願いは、虐待を受ける子どもの心の内を知って、「味方になってくれる人が一人でも増えてくれること」といいます。「人に優しくされた経験がどこかにあれば、人は生きていける」。矢野さんはそう話します。
外部リンク