「東京餃子通信」編集長・塚田亮一さんが「餃子処 三日月」に15年以上通う理由

お客さんが「何度も通いたい」と思うお店には、きっと「味」以外の何かがある。

お客さんはお店のどんなところに魅力を感じ、また、お店側はどのような工夫をしているのか。お客さん・お店側双方の立場からじっくり考えてみると、さまざまな要素が見えてくるのではないでしょうか。

著名人や食のマニアの方々が普段からよく通うお店を紹介していただき、「おなじみ」になった理由を深堀していく「お店とお客のなれそめ話」。

今回お話を伺ったのは、餃子専門サイト「東京餃子通信」編集長の塚田亮一さんです。日本全国のお店めぐりからお取り寄せ、手づくりまで、餃子の魅力を日々発信。これまでに3,000種類以上の餃子を食べており、TBS「マツコの知らない世界」など多くのメディアにも出演しています。

「基本は新しいお店や餃子を開拓して記事を書くので、同じお店に行くこと自体それほど多くない」という塚田さんですが、それでも足しげく通う餃子店があるとか。

15年以上通っているという「餃子処 三日月」さんにて、代表の樅田(もみた)文子さん、店長の菅原恵子さんにもご協力いただき、お客さんとお店の距離感や関係性について考えます。

※取材は、新型コロナウイルス感染対策を講じた上で実施しました

塚田さんと「餃子処 三日月」との出合い

――まず、塚田さんはどんなきっかけで「餃子処 三日月」さんの存在を知ったのでしょうか。

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塚田亮一さん

塚田さん:2008年末に「餃子処 三日月」がある神奈川県・日吉に引っ越してきて、「近所に餃子専門店があるんだ」と知りました。その翌年に訪れたのが最初でしたね。餃子の食べ歩きを始めたのもちょうどこの頃で、生活圏内にあるお店から徐々に範囲を広げていて。「三日月」さんも開業してまだそんなにたってない頃ですよね。

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写真左から樅田文子さん、菅原恵子さん

樅田さん:2007年の5月にオープンしたので、2年後くらいですね。塚田さんとは特別何かをお話しするわけではなく、「時々通ってくださっているな」と認識していた程度でした。今はおひとりでも、ご家族でも来ていただくことも多いですよね。

 塚田さん:最初は仕事帰りにひとりで寄ったんです。生ビールと日替わりおつまみと、餃子がセットになった「月見セット」でちょい飲みして、家に帰ってまた飲んでっていう(笑)。そのうち家族を連れて行くようになり、地元の友人と訪れたり、妻がママ会の会場として使わせてもらったり。一度テレビ取材にも協力していただいたこともありましたね。

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月見セット

――今ではご家族ぐるみで「おなじみさん」なんですね。三日月さんのどんなところが気に入って通われているんでしょうか。

塚田さん:自宅近くにあるので通いやすいのもありますが、「家に帰る前にホッとひと息つける場所」として居心地が良かったんです。

餃子がおいしいのはもちろん、お店の雰囲気がすごく温かくて、まるで親戚の家に遊びに来たような感覚になります。お客さんも地元の方が多いようで、混んでいる時は「また来るよー」ってにこやかに帰られるんですよ。大声で話すような人も、クレームを言う人もいない。いつ訪れても和やかなので安心できるから、家族や友人を連れてまた来ようと思ったんですよね。

樅田さん:そういうふうに言ってもらえるなんて……!すごくうれしいですね。

――樅田さん・菅原さんは、塚田さんがお店に来られていることを知ったのはどんなきっかけでしたか?

樅田さん:最初は塚田さんからのメールでしたね。「マラソン大会に出る時に着るTシャツにうちのお店のロゴを入れたい」と。ただ、うちのロゴは解像度もそれほど高くないので「プリントするのは難しいかも……」とお伝えしました。メールの文面から「お店によく来てくださっているんだなあ」と感じたくらいで、その時は塚田さんのお顔とお名前が一致しなかったんです。

塚田さん:そうでしたね。僕は趣味でマラソンをするんですが、レースに出場する人ってよくTシャツの背中にスポンサーロゴとか付いているじゃないですか。スポンサーってわけじゃないですが、ああいうTシャツを自分で作ってみたくなって。「普段から通っている餃子屋さんに応援してもらってる」っていう感じで大会に出たいなとお願いしたんです。三日月さんのロゴは解像度が足りなくて載せることはできなかったんですが、最終的に大手から個人店まで8店舗くらい掲載OKいただいたんですよ。

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――すごい……!

 菅原さん:その後、たまたま自宅のテレビで「マツコの知らない世界」を観ていたら、餃子マニアとして塚田さんが出演されていて。「あっ、お店によく来てくれてる人だー!!」ってびっくりしたんですよ(笑)。もみちゃん(樅田さん)もちょうど観ていたんだよね。

樅田さん:そうそう、あの時は驚いた!「いろいろな餃子を食べて、発信されている方なんだ」と、そこで初めて顔と名前が一致して。でも、しばらくはお声がけするのに自信がなかったなあ(笑)。

前職の飲食店で意気投合、友人同士で開業した「餃子処 三日月」の魅力

――「餃子処 三日月」さんは、樅田さんと菅原さんが一緒に立ち上げたお店だそうですね。開業の経緯を教えてもらえますか?

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樅田さん私たちはファミリーレストランのアルバイト仲間として出会ったんです。私は子育てが一段落してから勤めたそば屋さんをきっかけに、飲食店で働くことの楽しさに目覚めてしまって。「こんなに楽しいなら自分でお店をやってみたい」と、独立を視野に新しく働き始めたのがファミリーレストランでした。そこで仲良くなった同僚のけいちゃん(菅原さん)が、店舗経営の経験者だったんです。

菅原さん:夫と一緒に、長くお好み焼き店を経営していました。でも私はずっとサブのような立ち位置で……。「自分でもお店をやりたいな」と考えていたところにもみちゃんと出会ったんです。だったら一緒にやろうと、2年の準備期間を経て開業しました。本当はラーメン店の予定でしたが、今の物件の周りはラーメン店ばかりだったので、競合を避けるために、候補のひとつだった餃子に業態変更したんです。

――急きょ変更されたんですね。でもなぜ餃子だったんですか?

樅田さん私は子ども3人、けいちゃんは子どもが2人いて、普段から餃子は一度に200個作るなど慣れていたことが決め手のひとつです。無添加で体に優しく、安心して食べられる手作りの餃子店にしようと決めました。でも実際にメニューにするとなったら大変で!

やってみるとやはり皮も粉から手作りしたいと思うようになり、開店までの短期間に試作を繰り返していましたね。オープン後、一時期は業者さんに外注したこともありましたが、季節ごとに水の量や温度、こねの具合も日々細かく調整したいなと初心にかえり、生地から作るようになりました。

今は自宅で私が作ってきた生地を、うちの店に来てもらっている職人さんが1日700枚ほど手で伸ばしてくれています。餃子の作り置きはせず、注文ごとに私が包んで焼いてお出ししています。

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菅原さん:餃子一皿出すのに多少時間がかかってしまうので、お客さんにはお待ちいただく間も楽しんでもらいたいなと、おつまみや一品料理もそろえるようになりました。もみちゃんが餃子担当、私がおつまみや一品料理を担当。自分たちがおいしいと納得できたものだけを提供したいと頑張ってきたら、それがいつの間にかお店の特長になっていったような気がします。

塚田さん:そうだった、初めてお店に行って注文した時「え、今から皮を伸ばすの?」って驚いた記憶があります(笑)。

餃子マニア塚田さんが考える「餃子処 三日月」の魅力

――塚田さんは、三日月さんの餃子のどんなところに惹かれますか?ほかのお店との違いや特徴など、思うところを教えてください。

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塚田さん:皮も餡も、基本的にはシンプル&ベーシックなんですよね。でも一つひとつを考えてみると皮は強力粉100%なのにやわらかくてもちもちしていたり、焼き餃子と水餃子でも生地が違っていたり、いろいろなところに細かな工夫がされています。

餡はニラ・ニンニクのある、なしから選べ、季節ごとの旬食材を一緒に包んだ「とじこめ餃子」もバラエティー豊富。餃子ってもともと何を包んでもある程度は成り立つような懐の深さがあるんですけど、季節が感じられる餃子って、他の店にはなかなかないのですごく素敵です。

今は皮だけでなく包餡も機械でできる時代に、あえて手作りを続けていくのは本当にすごいこと。素材選びから餃子作りに至るまで「少しでもおいしい餃子を食べてほしい」という真摯な気持ちが伝わってくるのが三日月さんの特徴であり魅力だと思います。

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写真手前が「ショウガ入り餃子」、写真右が「とじこめ餃子」、写真奥が水餃子

――塚田さんは三日月さんの素材選びや餃子作りから「お客さんに喜んでほしい」という気持ちがにじみ出るようなところに惹かれているんですね。餃子を担当する樅田さんは、実際に餃子のメニューを考える上でどのようなことを意識していますか?

樅田さん:私たちの餃子は本当に、どこにでもある普通の餃子なんです。でも、お肉はもち豚100%で、使う野菜類は全て国産。さっぱり食べられるようにと餡にはラードや背脂は使わず、代わりに練りごまを使っているんですよ。皮の生地を練るときに使う水の温度も、焼き餃子と水餃子で変えています。水餃子の生地に水を使うと、ゆでた後でも煮溶けることなく、ツルッとした食感が保てるんですよ。

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――季節ごとに変わる「とじこめ餃子」は、いつもどんなふうに考えられているんですか?

樅田さん:「いつお店を訪れても楽しめるように」と、その時に一番おいしい旬素材を餡と一緒に包んで焼き上げています。冬の定番は「ゆず」ですね。けいちゃんの庭に実ったゆずを使っているんですが、餃子にすごく合うんです。毎年「ゆずの餃子はまだですか?」ってお客さんから聞かれることも多い人気商品です。

最近(取材時の2月)スタートしたのは「新ごぼう」。他には「セロリ」や「きのことチーズ」「オクラ」「アスパラ」も好評ですね。「ミニトマト」もうちの餃子にすごく合うので、小さめサイズで包みやすいものが手に入った時は作っています。でも失敗作もいろいろありますよ。

「ふきのとう」や「ゴーヤー」はうちの餃子には合わなかったし、「菜の花」や「貝柱」はすごくおいしい組み合わせになったけれど、手に入りにくくて続けるのが難しい。本当に1年中、餃子について考えています。

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菅原さん:餃子のベースになるキャベツも悩みの種ですね。その日によってキャベツの味が変わることが多いんです。冬はもともとおいしいんですが、夏が難しい。調味料のバランスを変えるなど毎日同じ味に近づけるために試行錯誤しています。最近はキャベツを干しておくことで味のバラつきが軽減することが分かったので、しばらく続けようと思っています。

樅田さん:そうそう。皮の生地も冷蔵で寝かせるより冷凍した方がおいしくなると分かったので、1週間に一度まとめて作ったり。最近は餃子の焼き方を少し変えたんですよ。すると鍋の汚れ方が変わるんで、洗い方も変えて(笑)。毎日より良い方向に変えていこうとしていますね。

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塚田さん:いろいろなことに常にチャレンジされているし、こだわりがあってすごく研究熱心ですよね。きちんと利益が出ているのか、心配になっちゃうぐらいです(笑)。 

「餃子処 三日月」はなぜいつも和やかで温かいのか?

――先ほど塚田さんが「三日月はいつ行っても和やか」だとおっしゃっていましたが、お客さんはどんな方が多いんですか?

菅原さん:近隣にお住まいの方で、仕事帰りの人が多いですね。夜ごはんを食べに家族連れや若いカップルも来られます。独身時代によく食べに来ていたお客さんが「結婚したので奥さんと食べに来ました」とか、「子どもが餃子を食べられる年齢になったので連れてきました」とか、そういったお客さんが何組もいらっしゃるんです。それがすごくうれしくて。

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――お客さんとは普段、どんなふうにコミュニケーションを取っていますか。

菅原さん:積極的にお話するとか、そういうことはないですね。常連さんと仲良くしていて、新しいお客さんが入りにくい雰囲気だと私がお客さんの立場でもいやだなあと思うので、常連さんも新しいお客さんも平等にするよう心がけています。

お店を運営する上で、常連さんももちろん大切ですけど、やっぱり新規のお客さんにも食べてもらいたいですから。新しいお客さんが足を運んでくれるようになるとうれしくなりますね。

樅田さん:私は厨房でひたすら餃子と向き合っているので接客はしていないんですが、けいちゃんはお客さんとの距離感をつかむのがすごく上手だと思います。私たち以外のスタッフさんも、みんなお子さんがいるお母さんだからなのか、ちょっとした気遣いや場の空気の読み方が自然にできているのかなと思うんですよね。

――塚田さんはお客さんとして、三日月さんの接客やお店の雰囲気づくりについてはどう思われますか?

塚田さん:いい意味で放っておいてくれるんですよね。静かに食べたい時はそのままにしてくれるし、逆に「この餃子には何が入っているんだろう」ってスタッフさんに聞きたい時に自然に目が合って話しかけることができる。今日お話を聞いていて、お店の方々がみんな「お母さん」という一面が、和やかで温かな雰囲気を醸し出しているのかな、とも思いました。

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「餃子処 三日月」が築く、お客さんとの信頼関係

――樅田さん、菅原さんは、お客さんにまた足を運んでもらうためにどんな工夫をされていますか?

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樅田さん:私たちは、「うちのお店の魅力はホスピタリティ」だと思っているんです。いつ来てもおいしい餃子が食べられて、ホッとできる場所。私たちはふたりとも孫がいるんですが、その小さな孫でも安心して食べられるような料理を自信をもって出そうと考えてきました。だから先ほど塚田さんが「親戚の家に遊びに来たような感覚」と言ってくださって、すごくうれしかったですね。

菅原さん:例えば、塚田さんのように、お父さんが仕事帰りに月見セットを食べて帰られて、次は家族で来てくれる。お客さんが「あのお店おいしいよ」って誰かに伝えてくれる。それって「おいしい餃子だから大切な人にも食べさせたい」と思ってくれたってことですよね。

来てくださった方にいつもそう思ってもらうためには、手を抜かずにおいしいものを提供し続けることが大前提。新規の方、常連さんも分け隔てなく、来てくださったお客さんを大切にしていきたいですね。

――最後に、塚田さん、三日月さん、それぞれお互いへのメッセージをお願いします。

塚田さん:三日月さんはメディアで紹介したくなるくらい素敵なお店。たくさんの人にその魅力を知ってもらいたいと思う反面、多くのお客さんが来店されて樅田さんや菅原さんたちに負荷がかかるのも……とジレンマがあります。これからも今と変わらずずっと続けてほしいので、じわじわと人気が広まればいいなと思っています。

樅田さん:そういうところも考えてくださっているのが塚田さんの素敵なところ! 忙しくても変わらずお店に足を運んでくださるのもうれしいですね。私たちは塚田さんをテレビで見るのが楽しみなので、ずっと応援しています。

菅原さん:塚田さんが時におひとりで、ご家族でお店に来てくださるのが本当にうれしくて! これからも無理のないペースで来てくださったらいいなと思いますし、これからも餃子業界全体を盛り上げてくださったらいいなと期待しています。

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【お話を伺った人】

塚田亮一さん
餃子専門サイト「東京餃子通信」編集長。2008年頃より餃子の食べ歩きをスタートし、日本全国の餃子店やお取り寄せで出合った餃子を記事で紹介するほか、おいしい餃子の作り方も追求。「餃子は完全食」のスローガンのもと、テレビや雑誌、Webメディアなどで餃子の魅力を広く発信している。
東京餃子通信
Twitter

餃子処 三日月代表・樅田文子さん/店長・菅原恵子さん
そば店で飲食業の面白さを知り、独立開業を目指した樅田さんと、飲食店経営の経験があった菅原さんが一緒に設立。餃子は樅田さんが、季節の料理やおつまみは菅原さんが担当する。ともにお子さんが独立、お孫さんもおり、「孫にも安心して食べさせられる料理を」をモットーに日々営業中。

【取材先紹介】


餃子処 三日月
神奈川県横浜市港北区日吉本町1-18-29
電話:045-561-9059
http://gyoza-mikaduki.jp/

取材・文/田窪 綾
調理師免許を持つフリーライター。惣菜店やレストランで8年ほど勤務経験あり。食分野を中心に、Webや雑誌で取材やインタビュー記事作成、レシピ提案などを行っている。

撮影/小野 奈那子

編集:はてな編集部