【ベルギー発コラム】アフリカ系選手とのサイドでの攻防、緩急自在のドリブルに現地記者も面食らう
欧州クラブに所属する日本人選手の試合へ取材に行った時、一番緊張するのはメンバー発表の瞬間だ。スタメンどころかベンチにも名前がない場合、試合後のインタビューも含めてその選手に関する情報が全く得られないため仕事が成立しない。試合での取材には常にそうしたリスクがあるのだが、ベルギー1部ヘンクの日本代表MF伊東純也の取材で不安に駆られたことはない。「伊東はいる。それもスタメンで」という確信を持っていつもスタジアムに行っているし、こちらにそう思わせるほど彼はヘンクで圧倒的な存在感を放っている。
加入2シーズン目となった昨季の伊東は、公式戦38試合すべてに出場し、6ゴール9アシストをマーク。さらに38試合中33試合で先発出場しているので、データ上からも伊東がいかにチームにとって欠くことのできない存在だったかが分かる。シーズン初ゴールこそ昨年12月3日に行われたベルギー杯ラウンド16のアントワープ戦(3-3/PK3-4)まで待たなくてはならなかったが、シーズン序盤の昨年9月末までに6アシストを記録するなど、伊東の右サイドからのドリブル突破やクロスボールはチームにとって大きな得点源となっていた。
ベルギーではアフリカ系の選手をサイドアタッカーとして配置し、彼らが高い身体能力を生かした突破で1対1の局面を打開することで得点機を作り出そうとするチームが多い。サイドでの攻防は、ブンデスリーガやリーグ・アンと比べても決して見劣りしないレベルで、そうした条件下での攻防で伊東がアフリカ系の選手たちを緩急の利いたドリブルで抜き去る姿は、かなり異質で衝撃的だった。隣の席に座っていたベルギー人記者が、伊東のスピードに面食らって苦笑いを浮かべている姿を見たのは、一度や二度ではない。
今年6月に3年契約で、ヘンクへの完全移籍が成立したこと以外に伊東の個人的な収穫を挙げるとすれば、プレーの幅が広がったことだろう。昨シーズン開幕前に就任したフェリチェ・マッズ前監督は、マイボール時にはピッチ中央とサイドの間のスペース、いわゆる「ハーフスペース」にポジションを取るように伊東に要求していた。サイドハーフが中に入ってくることで、ピッチ中央により多くのパスコースを作ってコンビネーションプレーの選択肢を増やすと同時に、自チームのサイドバックが前方に駆け上がるためのスペースを作り出すというのが、マッズ前監督の意図だったと思われる。ただし、タッチライン際でボールを受けてからのスピードに乗ったドリブル突破を得意とする伊東にとって、相手を背負いながら狭いスペースでのプレーを求められるのは楽な仕事ではなく、シーズン序盤は窮屈そうにプレーしている姿が印象的だった。
負傷で序盤戦は欠場の見込みも…今の地位が揺らぐことはない
それでもシーズン開幕から2カ月あまりが経過した頃には、伊東は指揮官からの要求と自分の持ち味との間で折り合いをつけることに成功していた。
例えば、昨年10月10日に行われたワールドカップ・アジア2次予選のモンゴル戦(6-0)で、伊東は前半22分に右ハーフスペースから相手のディフェンスラインの背後に抜けて右サイドバックのDF酒井宏樹からのパスを引き出し、そこからクロスボールを上げてMF南野拓実のゴールをアシストしているが、あのような同サイドのサイドバックがボールを持った時にハーフスペースから相手の背後へ果敢に飛び出していくのは、昨季の伊東を代表するプレーの一つだった。
また、年が明けてからは展開に応じてピッチ中央や左サイドまで流れてボールを引き出したり、ゴール前に詰めて以前よりも積極的に点を狙いに行くようにもなった。本来の強みを消すことなく、現代サッカーでサイドハーフに求められているポジショニングにも適応できることを示せたのは、日本代表での定位置争いや今後のキャリアを考えると、大きな意味を持ってくるかもしれない。
新シーズンの開幕が約2週間後に迫った7月26日、ベルギー地元紙「Het Belag van Limburg」は、腰の筋肉の負傷によって伊東が9日のズルテ・ワレヘムとのリーグ開幕戦は欠場する見込みだと伝えた。1日に行われたRCランス(フランス)との開幕前最後のテストマッチでメンバー入りしていなかったことからも、報道のとおり開幕戦でのプレーは難しそうだ。
しかし、昨季エールディビジで15点をマークしたFWシリル・デセルスをヘラクレス(オランダ)から引き抜くなど、ヘンクもシーズン開幕に向けて新戦力の補強を進めているが、サイドアタッカーに関してはまだ1人も獲得していない。伊東の昨季の働きぶりを考え合わせると、開幕からの数試合を欠場したとしても、今の地位が揺らぐことはないだろう。1年間フル稼働できれば“二桁得点・二桁アシスト”も十分に狙えるはず。今は怪我を早期に治し、復帰後にまたベルギー人の度肝を抜くようなプレーを見せてくれることを期待したい。
(土佐堅志 / Kenji Tosa)
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