古民家カフェ「蓮月」が紡ぐ物語 新参者が受け継いだ地域との絆とは?

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東京都大田区、東急池上線池上駅から徒歩約8分。日蓮宗の大本山「池上本門寺」のほど近くに、料亭か旅館か、もしくは町の文化財かと見間違えるほどに古風な木造建築があります。

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その正体は、「古民家カフェ 蓮月」(以下、蓮月)。

建物の歴史は古く、建造されたのは今から88年前の1933年。1959年からは「そば処 蓮月庵」として長年営業を続けてきましたが、2014年に惜しまれつつ閉店しました。

カフェの形で再オープンを果たしたのは、2015年のこと。5年以上が経過した今、蓮月は地域の人々が気軽に訪れることができる憩いの場でありながら、全国各地からも人が集まる人気のお店に成長しました。しかし、そこに至るまでの道のりは決して平坦ではありませんでした。

今回は、そんな蓮月の店主・輪島基史 さんに、地元から愛された場を受け継ぐときに意識したこと、地域との関係性などについて、話を伺いました。

始まりは、地域の古民家保存プロジェクト

「そば処 蓮月庵」が、55年にわたる歴史の幕を閉じたのは2014年のこと。以降は借主不在の状態が続き、建物も一時、解体の危機を迎えます。そんな窮地を救ったのが、2015年2月に発足した「池上和文化プロジェクト」。この古民家保存を目指すプロジェクトの説明会に、当時蒲田で古着屋を営んでいた輪島さんも参加していました。

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「古着屋のお客さんの中に、池上和文化プロジェクトで熱心に活動されている方がいて、その方に協力する形で僕も説明会に参加しました。

当時は自分がこの場所を引き継ぐことになるなんて、考えもしなかったですね。この建物の2階の部屋に70人くらい人が集まっているのを見て、『なんかすごいなぁ』とのんきに思っていました」

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2階の座敷。ふすまをすべて取り払うと32畳の広い空間になる

くしくも説明会の日は、輪島さんが営んでいた古着屋の閉店当日。それは、古着屋に通う高校生たちから人生相談を受けるようになり、次第に「彼らの居場所をつくりたい」との思いを強くした輪島さんが、次の一手に向けて動き始めた日でもありました。

そんな輪島さんに、「古民家でカフェをやらないか」と声が掛かったのは、それから2カ月後のこと。輪島さんの思いに共感した池上和文化プロジェクトのメンバーが、輪島さんに白羽の矢を立てたのです。

「みんなのやりたいことを叶える場」をつくりたい

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ぼんやりと「居場所をつくりたい」と考えてはいたものの、その形を模索していた輪島さんは、プロジェクトの思いを受け取る役に適任でした。

話を引き受けることにした輪島さんがまず取り組んだのは、プロジェクトメンバーへのヒアリング。歴史ある建物を古民家カフェとして活用することは既に決まっていたため、具体的にどんなカフェにしたいのかを聞いてみることにしました。

「いざ聞いてみたら、みんなの意見がバラバラだったんです。とはいえ、一人ひとりが思いの強い方ばかりですから、なかなか話がまとまらない。最終的に、1階はカフェとして営業し、2階はレンタルスペースにしてみんながやりたいことを叶えられる場とすることで、納得していただきました。

このお店は、池上和文化プロジェクトのみなさんから任されたお店です。だからこそ、彼らの意に沿わないことはしたくないと思ったんです。その思いもあって、店名は、前任の蕎麦屋の『蓮月庵』から拝借して『蓮月』としました」

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蕎麦屋のときには使われていなかった店舗奥もすべて解放。インテリアは、建物の趣を生かすレトロなトーンで統一した

こうして、2015年9月「古民家カフェ 蓮月」がオープン。

厨房とトイレを改装し、住居だった店舗の奥を打ち抜いてワンフロアに。また、靴のまま入れるよう、畳だった床を板の間に張り替えました。2階はあえてほとんど手を加えず、畳のままレンタルスペースを兼ねた空間として開放しました。

「目指したのは、学生からお年寄りまで誰もが気軽に立ち寄れる空間。1階部分は現代的な形にアップデートしましたが、古民家の素朴さも残しています。あまりおしゃれだと、入りにくい方もいるだろうと思ったので」

地域に認めてもらうために必要なのは、耳を傾け、歩み寄ること

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今も店の入り口付近には、蕎麦屋だったころの座席がそのまま残っている

お店をオープンしたあとに課題となったのは、“地域との関係構築”だったそう。

「オープンしたばかりの頃は、近隣の方からご意見をいただくことが多かったですね。2階で遊ぶ子どもたちの声がうるさい、とか。そのたびにお叱りを受けに行くんですけど、あるとき不思議なことに気が付きました。真剣に話を聞いているうちに『まぁ、これからも頑張ってよ』と優しくねぎらってくれるようになったんです」

世代も違えば、経験も、大切にしているものも違う人々が集まる「地域」。そこへやって来た新参者が認めてもらうために大切なのは、「耳を傾ける姿勢」なのかもしれません。

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コロナ禍になってスペースを広げた中庭席

さらに、輪島さんは、より地域になじむため、お祭りの手伝いなど、自治体の活動へ積極的に参加していると言います。

「自治体のメンバーは歳の離れた方たちばかりなので、仲良くなるには時間が掛かりますが、『地域のために何かしたい』という思いは同じ。根気強くお手伝いを続けていると、次第に打ち解けてくださるようになりました。

そこで言われてハッとしたのは、『僕らは若い人との関わり方が分からない。だから輪島君のほうから来てくれて嬉しいよ』という言葉でした。関わりたいけどどうすればいいか分からない思いは相手も一緒なんだ、と感じましたね」

ただ、中には頑なな態度を貫く方もいらっしゃるそう。そうした方に対しても、道ですれ違ったときに欠かさず挨拶するようにしていたら、最近では「この間もまたテレビで見たよ、頑張ってるね!」と笑顔で会話してくださるようになったのだとか。

思いを受け継ぐことは、そこにある物語をつなぐこと

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蓮と月をモチーフに、家紋の型のひとつである「釜敷紋」にヒントを得て作られたロゴマーク。コンセプトは、「同じ釜のメシを食う」

オープンから5年が経過した今、蓮月はトレンドに敏感な若者だけでなく、地元の方にも親しまれ、気軽に訪れてもらえる場へと成長しました。

2階のレンタルスペースでは、地域の方が主催するさまざまなイベントや教室が開催され、多くのコミュニティーが誕生。開店時から続く書道教室には、今も、子どもから大人まで幅広い世代が通っています。また、勉強を目的にカフェを訪れた学生はドリンクが半額になる「放課後自習室」という企画を、開店の翌年(2016年)から続けているのだとか。

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人気メニューの「蓮月プレートランチ」1600円(税込)と、「蓮月ソーダ 青りんご」650円(税込)

人気の理由を尋ねると、輪島さんは「建物自体に魅力があるのはもちろんですが」と前置きをし、こう語りました。

「今振り返って思うのは、僕はずっと、物語をつなごうとしてきたな、ってこと。横文字の店名にしたり、内装をがらりと変えたりしなかったのは『地域で長く愛されてきた蕎麦屋さんの物語』をつなぎたかったからだと思うんです。

古着屋の時も同じ。例えば、ビンテージのジーンズを売るとき、どの時代や地域で履かれたものか説明するんですけど、それって、ジーンズが持つ物語を売っていたんですよね」

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古民家の空間を活かした小物使いや照明が心地いい

本を読んだり、映画やドラマを見たり……、人は何歳になっても物語に心惹かれる生き物です。だからこそ、「その場所の物語をつないでいくことで、誰かの心に残るお店になる」と輪島さんは考えているそう。

「つまり、これまでいろいろな人たちがこの場所で、地域で、物語をつないできてくれたからこそ、僕が今この状況を生み出せているってことなんですよね。もちろん苦労も多いですけど、引き継ぐからこその魅力や喜びがあると思っています」

88年前、一軒の民家から始まり、町の蕎麦屋の時代を経て誕生した「蓮月」。その歴史の波紋は、個人から地域へ、地域からその先へとどんどん広がってきました。

そして今、この場所からまた、新たなコミュニティーが続々と生まれています。蓮月の歴史は、この場所を大切に思う人たちによって、これからもずっとつながれていくのかもしれません。

 

【取材先紹介】
古民家カフェ 蓮月
東京都大田区池上2-20-11
電話 03-6410-5469
https://rengetsu.net/

取材・文/坂口ナオ
東京都在住のフリーライター。2013年より「旅」や「ローカル」をメインテーマに、webと紙面での執筆活動を開始。2015年に編集者として企業に所属したのち、2018年に再びライターとして独立。日本各地のユニークな取り組みや伝統などの取材を手がけている。

写真/高橋敬大(TABLEROCK)