―入試改革の狙いは何か。
尾木氏 人工知能(AI)などの科学技術やグローバル化が急速に進展する中、日本だけでなく、国際社会全体で求められているのが「生き延びる力」の育成だ。経済開発協力機構(OECD)では30年に通用する地球人を育てようと、15年から議論を続けてきた。今回の改革は、AI化、グローバル化がどんなに進んでも、みんなが幸せに生きていける、全ての国や国民が共存共栄できるための方策の一環と言える。
―改革の背景は。
尾木 AIが30年には「今ある仕事」の約半数を、51年には全てをやってしまうとも言われている。その時代を幸せに生きるために必要な力として、OECDは「新しい価値を創造する力」「緊張とジレンマの調整力」「自分で責任を取る力」の三つを打ち出した。要は、自分で考え、判断し、実際の社会に役立てる力を付けることだ。
―現在の日本の教育体制をどう考える。
尾木 このままでは〝沈没〟する。18年の「世界大学ランキング」で、東京大が42位、京都大が65位。アジアの中でも8位、11位となっている。これは大きな問題。アジアでトップでなければ、この圏内で教授や留学生の交流などの主導権を握れない。また、基礎研究に対する政府の投資が年々、減少傾向にあることも不安の一つ。10年後の「ノーベル賞」は、資金をふんだんに投入している中国にかなり持って行かれるかもしれない。
―高校の入試対策は私立と公立で大きな開きが出ている。
尾木 私立は成果を上げないと学校がつぶれてしまう。民間企業と同じで死活問題。今の高校1年生が2年後の大学入試で、きちんと結果を出せるように準備に全力を挙げている。入試問題の内容は激変する。それらが解ける能力を身に付けていないと、結果は〝惨敗〟に終わる。
―私立の対策はかなり進んでいる。
尾木 中高一貫が多い東京の私立学校では、これまでの経験や実績が全く通用しないことを分かっており、新制度を見据えて既に自分たちの学校の入試問題を中学入試の段階から激変させている。「こういう能力が子どもたちに必要だから」というよりも、生き残るための取り組みで、結果的に私立が先行する形になっている。公立は入試対策にまで手が回っていないのが現状だ。公立の良さは「目先にとらわれず、伝統を大切に」と大きく構えているところ。しかし、制度は大きく変わるので、文科省が主導して公立校でも対応をしっかり進めてほしい。
―英語では民間検定が導入される。
尾木 これまでの「読む」「聞く」の二つから、「書く」「話す」を加えた4技能領域になるのは一歩前進。しかし、国際社会では、これに「やりとり能力」を加えた5領域で捉える方向になっており、中でも最も重視されるのが、この「やりとり能力」だ。日本もそこに力を入れなければならない。
―AO入試の拡大など大学入試の変化をどう受け止める。
尾木 これはいいこと。「1点刻み」のセンター試験を廃止した趣旨にも沿っている。「公平公正ではない」と言う声もあるが、それでいい。そういう基準を取り払うのも入試改革の一つの狙いだから。重視されるのは「可能性」や「マッチング」だ。大学や学部が求めている人材が、現在の学力からだけでなく、本当に大学や学部に合っているかどうかをきちんと試すことができる。高校生の時に大学の科目を受講し、合格したらそれを単位認定するなどの「高大連携」はもっと強まればいい。学生服姿の高校生が大学の教室の一番前に陣取って勉強し、プレゼンテーションもこなす。こんな風景は想像するだけでわくわくするし、大学生には絶対に刺激になる。プラス作用は大きいと思う。
―大学が独立行政法人形式になり、地方の大学も変わってきている。
尾木 香川大や岡山大、山梨大などは地域と協力した改革が成功している先進グループだろう。例えば山梨はブドウの産地で、ワイン製造などの地場産業がある。山梨大はブドウの栽培などに関する研究分野が得意で、地場産業に深く食い込んでいる。地方大学にはその地域に密着することが求められている。地方創生の鍵を握るのはその地方にある国立大だと思う。優秀な学生を集めるために自治体と連携して授業料を免除するなどし、学生たちには卒業してから地元企業に勤めてもらうなどの仕掛けが重要。また、国際教養大(秋田市)や長野県立大などでは、授業を英語で行ったり、短期留学を義務づけるなど、グローバル化の進展に合わせて個性的な取り組みを行っている。実際、学生の力も着実にレベルアップしている。
―大学が変わる中、今の高校生には何が求められるか。
尾木 大学の姿をしっかり見ること。高大連携などの機会を生かして、その大学で何を学ぶか目的意識を明確にしてほしい。大学生になってからでも、インターンシップを活用してどんどん外の世界を見てほしい。就職の手段というよりも、自己理解につながる。自分にはこれが向いている、興味があると思っていたものが、大学に入ってみたら「あれっ、違う」ということもある。できるだけ教師や教授以外の人との接点を増やすことが大事。他人からのアドバイスによって、目が開いたというケースは少なくない。
―生徒たちが自分たちで意識してできる取り組みは。
尾木 「探求型」の学習を意識すること。香川なら、たとえば「交通ルールを守らない人が多い」という問題をテーマにして調べ、解決策を探っていく―という流れの学習を進めてみることだ。警察署で交差点や信号の数などを調査し、自分の考えを提言にまとめることができればおもしろい。暗記力や知識の量、情報処理能力はAIには絶対にかなわないから、探求する力を磨く方へ、考え方をシフトしていかないと。
―文科省が導入したアクティブ・ラーニングについての考えを。
尾木 文科省の言う「主体的・対話的で、深い学び」が実現できることが、メリットだと思う。特定の教科だけでなく、全教科に及んでいることがポイントの一つ。文科省は気付いていないかもしれないけれど、授業の中だけでなく、生活の全てに広がっていくことが特筆すべきポイントだと思う。例えば、高校生が校内の問題に着目し「スマホの使い方を考えなければならない」などと提案して、ルールを自らつくっていることなどが挙げられる。勉強だけでなく、身の回りにある課題を自分たちで見つけ、考え、行動に移すことが生徒たち自身の力になっていく。
―愛媛の高校では「俳句選手権」をやっていて互いに批評もしている。
尾木 この選手権でコメンテーターをやったことがある。高校生と一緒に街を歩き、アドバイスもした。表彰式にも参加した。あれは愛媛の〝強さ〟。小学生でも、すぐに俳句をつくることができる。どこの学校に行っても俳句のポスターがある。地域の個性を生かした好例だと思う。
―中高生にメッセージを。
尾木 これまでにない大改革に不安は大きいと思う。特に高校2年生は「後がない」「浪人できない」との思いも強いだろう。でも、これからの時代を生きるために必要なことで、良い改革だと思う。勉強を進める上では、これまでの「赤本対策」に加えて、昨年11月に8万人余りが参加した試行調査(プレテスト)の内容も見ておいてほしい。どういう力が求められているのかを知ることができる。中高生に限らず全ての人が「自ら考えて動いていく」―。この生きる姿勢の転換ができるかどうかに将来の日本の浮沈がかかっている。