木村花さんの死、ネット誹謗中傷から番組制作サイドへ
フジテレビ系の恋愛リアリティー番組「TERRACE HOUSE TOKYO 2019-2020」(以下、「テラスハウス」)に出演していた女子プロレスラーの木村花さんが22歳で亡くなったニュースが、連日メディアをにぎわせている。木村さんは、Twitter上で連日視聴者からの誹謗(ひぼう)中傷を受けていたことが死の原因だったのではないかと言われている。
これを受けて、歌手で実業家の柴咲コウさんや、漫画家のきくちゆうきさんなど著名人がネット上での誹謗中傷に対して法的措置を取ることを検討していると表明しているほか、政府も5月26日、ネット上に悪意のある投稿をした人の特定を容易にする制度改正に動き出した。当初、木村さんが亡くなったニュースは、SNSでの悪意あるコメントに対する問題として取り上げられがちだったが、ここにきて問題の焦点は、番組制作サイドに向けられるようになった。
国民の問題意識は「テラスハウス」を含む恋愛リアリティーショーをめぐる問題を再考するにあたって正しいと言えるだろう。
画面内にあるはずのマイクがどこにも見当たらない
筆者は、かつてある恋愛をテーマにしたネット番組の広報に携わっていたことがある。
恋愛リアリティーショーは主な視聴者が恋愛ドラマを好む10〜30代の女性ということもあり、近年市場が急拡大している。事実、ここ数年でも、恋愛リアリティーショーのラインナップはかなり増えている。
「バチェラー・ジャパン」(Amazon プライム・ビデオ)、「さよならプロポーズ」(AbemaTV)、「いきなりマリッジ」(AbemaTV)、「オオカミちゃんには騙されない」(AbemaTV)、「あいのり」(Netflix)など、どれも“素人”の男女が出演し、真剣な恋愛模様を映しているものだ。
だが、これらの番組を見て視聴者はあることに気づくはずだ。画面内に、あるはずのマイクがどこにも見当たらないのである。
これは、番組制作サイドが、出演者たちの会話を自然な男女の会話の“絵”として見せるために、カメラやマイクなどの素材は一切視聴者に見えないように配慮して編集されているからにほかならない。この制作サイドの工夫により、視聴者はまるで、そこにマイクもカメラもないかのように、男女の恋愛模様をのぞき込んでいるような感覚で番組を楽しみ、没入することができる。
視聴者は“リアリティー”を提供してもらっている
だが、その実態は、男女のデートをしているシーンを含め、ドラマの撮影のようにショットガンマイクと呼ばれる1メートルほどの撮影専用マイクを使って音を拾っている。つまり、その収録の様子は、大勢のスタッフに囲まれてシーンを撮影するドラマ撮影となんら変わらないのである。
では、ここで考えてみてほしい。
あなたが恋愛リアリティー番組に出演したとして、2メートルほど離れた目の前で、業務用のカメラが回り、かつショットガンマイクが向けられている部屋で、「自然な会話」ができると自信を持って言えるだろうか。
「テラスハウス」含め、恋愛リアリティーショーに出演する男女は一般的に、芸能事務所に所属するモデルや俳優の卵であることが多い。それは、彼らがカメラを向けられても自然な姿で振る舞えるからという理由があることは言うまでもない。つまり、制作サイドの撮影や編集、出演者の人選などの工夫によって、視聴者は“リアリティー”を提供してもらっているのである。
見られるためには、SNSでバズるしかない
さらに、もう一つ重要な論点がある。それは、番組制作サイドがSNSで話題になることを重要な価値指標に置いている点だ。
前出の恋愛リアリティー番組は、どれもネットで配信されるため、ネットで話題になることで、口コミ的にアプリやサブスクリプションサービスへの登録を促すマーケティング戦略が取られていた。その動線はTwitterやインスタグラムなどのSNSとYouTubeだ。
YouTubeについては、番組の冒頭だけを見せ、本編は有料会員に登録させる導線づくりとして機能しており、SNSは個々の出演者にアカウントを持たせ発信させることで“ファン”を増やしていく戦略だ。
番組放送後、視聴者はSNSにある出演者の投稿をチェックし、出演者の番組内での振る舞いと、SNS上の発信という2つの“メディア”を往復することになる。こうして、その往復移動が増えていくと、視聴者は木村さんを含む出演者をフォローしたり、ときにはコメントを送ったりするようになり、番組にハマっていくのである。
Twitterでの言及数が新規視聴者獲得の生命線
つまり、ここまでの話をまとめると、下記のようになる。
(1)リアリティーを追求するため、番組ではヤラセ感を払拭。カメラやマイクは映さない。リアルっぽくあればあるほどよいという制作側の志向。
(2)それゆえにリアリティ番組であることを忘れ、没入する視聴者。
(3)出演者のSNSアカウントがあり、放送終了後に視聴者のタイミングで直接出演者にリプライを送る。
(4)SNS上で直接出演者と絡めることでより番組にハマる。さらにSNSで視聴者自身も番組のことをつぶやく出演者のAさん。
(5)Aさんの投稿がたまたまタイムラインで目に入ったSNSユーザーが、新規視聴者として番組を視聴。過去放送回からさかのぼって視聴し、リアルタイムで見ていた視聴者とは数日遅れで、番組のことをSNSで投稿する。「テラスハウス」の場合、Netflix放送から約1カ月遅れてフジテレビで放送されていたため、フジテレビの視聴者もここに分類される。
ここまでの流れを読み、「テラスハウス」に代表される恋愛リアリティー番組が、いかに“バズる”ための舞台装置を用意し、ここまで成長してきたかがわかるだろう(事実、番組の広報戦略会議では、先週放送回がどれだけSNSで言及されたかを真面目に議論する)。
SNS上での出演者への誹謗中傷は副作用
さらに、番組はTwitterでの言及数が新規視聴者獲得の生命線となっているため、賛否を呼びそうなシーンを入れることで、それにツッコミたくなる環境を整えている。
そのため、SNS上での出演者に対する誹謗中傷はある種の「副作用」だったと言える。しかし、その出演者が被る副作用に対し、芸能事務所も、番組制作サイドも保障をまったく準備していなかったといえよう。
もともと、フジテレビはわが国の恋愛リアリティショーのブームを作ってきた存在だ。ブームの火付け役になったとも言える「あいのり」は1999年にスタートしている。その、フジテレビは出演者の誹謗中傷や出演後の十分なケアをしてきたのだろうか。木村花さんの件は、SNS民だけでなく、フジテレビ側にも責任もあるのではないか。
そんな中、5月23日にフジテレビとNetflixから「テラスハウス」は放送が休止されることが発表された。だが、今後もテラスハスをめぐるリアリティーショーの制作サイドの問題は追及されることは避けられないだろう。すでに今回の木村さんの死を受け、制作サイドにいた人間から「ヤラセ」だったという告発記事も出ている。
これに対して、出演者の一人である新野俊幸さんはTwitterで下記のように反論している。
本件をめぐる問題はヤラセの有無ではない
<「事実」が大事だと思うからコメントするけど、俺は何も指示されてないよ、忖度なしで。編集にはムカついてたけどな。>
皮肉なことに、木村さんが死を遂げた後も、出演者のSNSでの発信こそが、放送休止となった恋愛リアリティーショーに視聴者がより没入する肥やしとなっているのである。
本件をめぐる問題は、「ヤラセがあったか」の真偽を問うものではない。
むしろ、“ヤラセ感”のないように番組をつくり、SNSで話題になることによってここまで成長してきた恋愛リアリティーショーの構造自体を否定しなければならない局面にきているのだ。リングで活躍する女子プロレスラーとして活躍していた木村さんが、テレビという舞台の上でも活躍した結果、熱狂的な観客にあおられ、亡くなったとすればそれほど皮肉な話はないだろう。
私もリアリティー番組の文化をつくってきた人間の一人として、木村さんの死は重く受け止めざるを得ない。
[ライター 柚木 ヒトシ]