朝日小学生新聞で『大勢の中のあなたへ』を連載中
言葉の達人 ひきたよしあき さん
朝日小学生新聞の人気連載コラム、「大勢の中のあなたへ」を執筆する、ひきたよしあきさん。
子どもの心に寄り添い、一人ひとりの目を見てにこやかに語りかけてくれているような柔らかな言葉が心にしみいります。
どんなに落ちこんでも、前向きになれる。爆発寸前の怒りをしずめることができる。ひきたさんの言葉に秘められたパワーはどんな経験からつちかわれたのでしょう?子育てのヒントになるお話を聞きました。(取材・文/藤田実子 撮影/キノシタメグミ)
「やればできる」は魔法の言葉
私は5歳年上の兄との2人兄弟です。兄は、初めての子らしく丁寧に厳しく育てられましたが、私は2番目の子の典型で、甘やかされて育てられました。なので小さいころはかなり甘えん坊で、泣いてばかりいたんです。
私は学校をよく休みました。今なら不登校なんて言われそうなほど、ちょっと頭が痛い、おなかが痛い程度でも母は休ませてくれました。
のんびり屋で好きなことには夢中になるけど、興味のないものにはやる気を出さない。
いくら優しい母でも、こんな私になんだかんだと小言を言ったり叱ったりするのですが、最後は必ず「この子はやればできるんだから」で終わるのです。
当時はその言葉をあまり意識した記憶はないのですが、大人になってから「やればできるんだ」という言葉が心にずっと残っていることに気がつきました。
この言葉の先には「あなたのことを信じているのよ」という母の思いがあったんです。「僕はやればできるんだ。今は怠けているだけ」と自分に言い聞かせる私の妙な楽観性、自信はこの言葉につちかわれていたのではないかと思えてなりません。
ほめるには努力も必要
子どものことを「信じている」というメッセージを送り続けることに加えて「ほめる」ことも大切です。
ただ、ほめ方を間違えてはいけません。「ほめる」「怒る」というのは特別な感情で、いつもと違うからほめたり怒ったりするのです。つまり、いつも見ている、という前提があるかないかがとても重要なのです。
機嫌をとって大人の都合のいい方に導こうとする下心があれば見破られてしまい、「見ていないくせに」と反抗されてしまいます。
「今できたことを、その場ですぐにほめる」ことを意識すると、子どもも「ちゃんと見てくれているんだ」と素直に喜び、自信につなげていくのだと思います。
「そんなことなら簡単」と思うかもしれませんが、親、とくに母親は、子どもに色々な知恵をつけさせるために、悪いところばかりが見えてしまうようにできているそうです。
みなさんも「母親ってなんでもお見通し」と冷や汗をかいたことはありませんか?
本能的に悪いことは人一倍見える半面、良いところを見つけるには人一倍努力が必要です。
そんなしくみを知って改めて母親の小言を聞くと「なんでそんなことまで気がつくの?」と感心します。自分の良いところをほめてくれていた母に、努力してくれていたんだなと感謝します。
やってはいけないのは「レッテル貼り」
「あなたは優しい子だから」「しっかりしているから」というほめ言葉に感じるようなことでも、決めつけるのはあまり良いこととは思えません。
これは「やればできる」のように「あなたのことを信じている」ということにはつながらず、貼られたレッテルに対して「期待を裏切ってはいけない」というプレッシャーになってしまうのです。
例えば「恥ずかしがり屋だから」というようなマイナスなレッテルは、逆に「恥ずかしがり屋だからあいさつしなくてもいい」というようなシェルターになってしまいます。
自発性を持たせ、学びが好きな子どもに育ってほしいと願うなら、レッテル貼りで殻の中に閉じこめないような言葉がけをしてあげたいですね。
挨拶で空気を変えて生活習慣を身につける
挨拶という漢字、「挨」は押す、「拶」は迫るという意味があります。その場の空気を押して迫る、つまり「挨拶」はその場の空気を制する役割をしてくれる大切な行動なのです。
まずはお母さんやお父さんが大きな声で明るく「おはよう」「おやすみ」「いってらっしゃい」「ただいま」「いただきます」「ごちそうさま」とお手本を見せてあげてください。
私は大学や作文教室の講師となって人前で話す機会が増えるほど、最初の一声がいかに大切か身をもって感じます。
小さな声では空気は変えられません。教室の後ろまで届くように「みなさんこんにちは!」と前にしっかり声を出す。するとみんなが自分の方を向いてくれる。
そうしたら、次の言葉が自然に出てきます。「挨拶」で空気を変える。やってみると気持ちいいですよ。
不機嫌は暴力。笑顔を心がけて
「いい子に育ってほしい」と願うばかりに、本来の我が子の姿をちゃんと見ていないなんてことになっていませんか?
ガミガミ言うばかりでは子どもには伝わりません。不機嫌はある意味暴力だと私は思っています。気持ちが荒ぶる時には、深呼吸をする、手を洗う、パンッと手を叩くなどすると気分が切り替わりますよ。
そして、できないことよりできたことを見て、成長をほめてあげてください。時には「私もこんな失敗をしたな」と自分の経験談を話して、失敗してもいいんだと安心させてあげてくださいね。
ひきた よしあき さん
1960年、兵庫県西宮市生まれ。博報堂のスピーチライター、コラムニスト。博報財団コミュニケーションコンサルタント。博報堂でCM制作に関わるかたわら、大学講師、作文教室などの講師も務める。朝日小学生新聞で「大勢の中のあなたへ」を連載。著書多数。
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